地下鉄西中島駅南側近くから淀川の堤防を十三に向かって歩いた。晴れた穏やかな日で、眩い陽の光りがふり注いでいた。堤防をゆっくり歩き河川敷に目をやると、数種類の野鳥が飛び交っていた▼大阪市内では唯一「自然の宝庫」と呼ばれる場所でもある。十三干潟があり、野鳥はもとよりカニやシジミが採れる。一方、中州にはヨシが生える。水質の悪化を防ぐ働きをしており、一年を通してウナギやアユ、スズキなどが水面を跳ねる▼対岸の遠目に、のっぽのビル群がそびえ立つ。周辺は開発先行地区で、IT・ロボットなど先端技術の開発拠点になるという▼都市再生に革新技術導入の未来図は必要だと思うが、野鳥や川面を泳ぐ魚が息づく河川敷、また里山・里地などが復活するほうがより人間らしく生きられると思うのだが。「人・水・自然」が共生できる淀川の地であり続けて欲しい。(S)
▼05年の世相を表す漢字が「愛」と発表された。日本漢字能力検定協会が全国から募って人気のあった一文字の言葉を選んだもの。阪神淡路大震災が起きた10年前から実施しているものだが、今回のようにホッとする印象を受ける言葉は初めてだという。ちなみに過去を遡れば「災・虎・帰・戦・金・末・毒・倒・食・震」となる▼「愛」が選ばれた理由としては愛・地球博、紀宮様の純愛ともいえるご結婚、卓球界の福原愛ちゃんの活躍など。しかし、心温まる言葉とは裏腹に、年の瀬に次々と起きた児童の痛ましい愛のない事件が最も当てはまる、と思う人は少なくない▼愛の字をばらして見ると、真ん中に「心」という漢字がある。相手の身になって考え行動するからこそ、愛という字と共に人間関係が成立するのでは。心をはずすと「受」の字に。受け身では心が伴わない。さて新年の漢字は。(S)
友好を図ることを目的とする「日本におけるドイツ年」がスタートして半年以上が過ぎた。各地で文化・芸術にちなんだイベントが盛んに実施されている。淀川区ではどうなのかな、と見回したが何もなし。と思っていたら趣は違うが、クリスマスイヴの日に「第九」を合唱するという▼ドイツが生んだ楽聖ベートーヴェン作曲の第4楽章の合唱は年末恒例行事の一つだが、区では時を得た初めての催しとして注目を浴びている。1千人の合唱と規模は小さいながら、参加者の思いの丈は1万人以上の響きに匹敵するだろう▼昨年、大阪市が推進した「地域における青年層の活躍の場づくり」の事業として、地元新聞販売店の青年たちを中心に「1千人の第九」のプレイベントを実施。今年に入って予算のないところから企画を継承し、手弁当で合唱実現にこぎつけた。音楽文化の華がひとつ咲いた。(S)
秋深まるなか、先日近くの公園を散策した▼幼少の頃から慣れ親しんできた公園だ。当時は植え付けられたばかりの木々で、細い幹と枝が頼りなげに見えた。年輪を重ね、今では見事な大樹と育っている▼枯れた落ち葉を友人と競うように次々と踏み付け、枯葉がくしゃくしゃとなる音と靴底の感触を味わって楽しんだものだ。また、枝から垂れ下がるみのむしを揺らし、虫を嫌う友だちをからかったものである▼淀川区に幾つもの公園があるが、その中でも、木がいっぱい生い茂っている公園が数ヶ所あると聞く。この秋は、休日に区内の公園を巡り、幼い頃の思い出に浸りながら日頃の疲れを癒し、リフレッシュする計画を立てている。そろそろ紅葉も楽しめるであろう。時間を気にせず公園にたたずみ、大樹を見上げ、自然がもたらす静寂、安穏といった心の贅沢を満喫したいと思っている 。(T)
芸術の秋。先日、京都で開催されている「ルーヴル美術館展」を鑑賞した▼ルーヴル美術館といえば、ずば抜けた作品の質の高さと豊かさを誇る世界各国の幅広い名品が収蔵されている「美の宝庫」である▼小生がとりわけ目を引いたのは、アングルの裸婦像の中で最も有名な「泉」。これまで美術書などで何度も目にしていたが、実物の美しさは予想をはるかに超えていた。女性が支え持つ壺から流れ出る水が放つ光彩のリアルさ。神が人間の心を「聖なる水」で浄める荘厳な儀式のように感じられた▼通常、遠いパリまで行かなければ鑑賞できない傑作の数々がみられる絶好の機会である。今回の展示会ではこれまで門外不出であった、アングル作「トルコ風呂」も展示される▼美しいものは永遠の喜び、とはイギリスの詩人・キーツの言葉。是非とも秋の一日、本物の良さを堪能していただきたい。(T)
朝食を摂らない子供が増えている。原因は夜更かしの為、朝に時間がない、また夕食後におやつを食べる事で起床時に空腹ではないなど様々▼睡眠中はカロリー、特に糖分を消費している。ゆえに朝食を抜くと、脳の働きに必要な糖分が不足して集中力に欠けてしまうという▼あるお母さんは、朝食を食べない子供の食生活を改善させたいと、ある事を思いついた。それは、ゲーム感覚で朝食を摂らせる事だった。「一口食べてみよう」と誘い、子供がパンを口に入れると、お母さんは「さあ、何回噛んだら口の中が空っぽになるかな。1、2、3…」と子供の咀嚼をリズミカルに数えた。喜んだ子供はその日以来、自分で数えるのを楽しみながら朝食を食べるようになったという。ユニークな発想に感心した▼育ち盛りの子供に限らず、朝食を摂る時間の余裕を作り、快活に一日のスタートを切りたい。(なお)
近年、異常気象が続いている。原因はいうまでもなく、環境破壊による地球温暖化である。森林の伐採、多量に排出される二酸化炭素▼先日、中華料理店の効きすぎるエアコンに閉口した。冷麺を頼むつもりであったがあまりの寒さに温かいラーメンを注文した。まったくエネルギーの無駄使いである▼では家庭でできる省エネとは?家電メーカーの社員から聞いた効率のいいエアコンの使い方をご紹介。まず、温度設定を1度上げて風量を強に設定すると、快適さを損なわずに10%の電気代の節約になるという。また、まめにフィルター掃除をしたり、扇風機を併用する事で、さらに消費電力量を減らせるそうだ▼省エネはひとごとではなく、自らが考えて取り組むべき自主的な責務、とは省エネを提唱する専門家の言葉▼家計の節約と環境破壊を防ぐ事に繋がる省エネに挑んでみたい。(なお)
最近、淀川区内と隣接の豊中市内で傷害事件が続けて起きた▼ところで、ある小学校では、下校時のみPTAや教師らが引率し集団下校を実施しているが、これまでの例では事件のほとぼりが冷めると、集団での下校はなくなるという。また、防犯器具を持っている子供たちがほとんどだが、ブザーを乱用する児童の親のなかには、防犯器具を持参させないで通学させているという話も聞く▼さて、ここまで取り上げた実例に矛盾を感じないだろうか。取りやめる時期は別にして、なぜ登校時にも集団行動にならないのだろうか。なぜ学校と家庭が連携を密にして、いたずらに扱う子供にブザーを持つ意味合いを徹底して教え携帯させないのか▼取り返しのつかない事が起きてからでは遅いのである。危機管理が叫ばれている中、いま一度万全を期して、特に子供たちの身を守る安全策を願いたい。(なお)
自分一人の力で簡単に作れ、なおかつ強固な物といえば何か?それは自身の成長を妨げる「心の壁」である▼「もうこれ以上頑張っても無理だ」「こんな環境では到底不可能だ」などと、人間は自分の可能性を信じ切れず、また取り巻く周囲のせいにして、諦めたり、妥協しがちである▼最近、一生完治しないといわれた難病と闘う女優・奈美悦子さんの治療体験が話題となり、感動を呼んでいる▼人生、思い通りにいかず、辛い試練の時があるかもしれない。目標を達成するには自己の前にはばかるハードルを、力強く一つ一つクリアしていくしかないだろう。限界を打破しゆく強い意志と、努力の積み重ねが必要である。だからこそ困難を解決した時の喜びは大きい▼「心の壁」を打ち破るには、自分の力を信じ、勇気を持って挑戦し続けていくしかない。そこに人生を楽しむ醍醐味がある。(なお)
新生活が始まり、早1か月。環境の変化にストレスをためている方も多い事であろう。さて、ストレスを抱える家族を持つ家庭はそれにどう対応していくべきか▼ジャーナリスト・櫻井よしこ氏が最近出版した本「何があっても大丈夫」。タイトルは、櫻井氏のお母さんが彼女を育てるにあたり、ことあるごとに口にしていた言葉である。その励ましの結果、伸び伸びと自信を持って人生を歩み、物事に誠実に対処できる今日の彼女がある▼「うん、うん。そうだね。あなたは十分頑張っている」など、家族は自分の理解者であると安心感を与えるだけでいいのではないか。落ち込んでいる当事者に口やかましく説教していては、悩む人間をかえって追い込む事になりかねない。同意する事が大事なのである。そうすれば、自分には信じてくれる人がいる、と安心して明日また頑張れるのだ。(なお)
春らんまんのこの時期、新入生や新社会人たちは、期待や緊張、不安などで悲喜こもごも▼さて、サントリーミュージアム「天保山」で、「ヴィクトル・ユゴーとロマン派展」が開催中である。ユゴーといえば小説「レ・ミゼラブル」が有名。彼は83年の生涯を終えるまで、詩人、美術家、政治家、ジャーナリストとしても幅広く活躍した。独裁者の過ちを指摘したが為に、19年間もの亡命生活を余儀なくされた。しかし、権力者の圧力に負ける事なく、自身の信じる道を力強く歩み続けた真の「楽観主義者」であった▼楽観主義とは、ノーテンキに無責任な行動をとる事ではない。苦しみ、悩みから逃避したくなる臆病の心を取っ払い、プラス志向で逞しく生きる事である▼新生活を始める人たちは新しい環境に戸惑う事もあるかもしれないが、時に文豪の生き方に学んでみてはいかがであろうか。(なお)
最近、青少年による残虐な犯罪が多発している。人間、生まれながらにして悪人はいない。彼らはいつから歪んでしまったのか▼ところで幼児の「なぜ?どうして?」の質問責めに手を焼いた経験はお持ちであろうか。「なぜお花にはいろんな色があるの?」「お空はどうして青いの?」など。幼児期は好奇心のかたまりで、乾いたスポンジのごとくどんどん知識を吸収し成長していく。率直な質問に戸惑わず、子供と共に楽しみながら考える心の余裕を持ち、真摯に応えていきたい。無下に対処していてはせっかくの成長の芽を摘んでしまう事になりかねない▼また、何を与えていくかで、子供の発育が大きく左右される。無表情でテレビゲームに没頭する子供たちに危惧を覚える。豊かな創造力を育むモノを与える事に責任を持つ大人でありたい。子供は未来を担う「貴重な宝」であるのだから。(なお)
学生の学力の低下が取り沙汰される昨今、なかでも国語力の低下が著しいという。原因はどこにあるのか。活字離れが一因ではないかと思う▼国語力が及ぼす影響は大きい。読解力に欠ける事は思考能力を鈍らせる。「考える力」を育むのが読書の為せる業である。本の世界に心を投じ、登場人物や背景に想像を膨らませる。一方的に完成された内容を流出するテレビにはない楽しみがある▼区内のある小学校で、始業前に読書の時間を設けたところ、授業態度に変化が現れたという。児童の集中力が高まったのである▼「最近、読書から遠ざかっているな」と感じている方に提案させていただきたい。まずは書店に赴き、いきなり小難しいものは避け、タイトルでも作家でも良し、ご自分が興味が湧いたものから取り組み始めればいかがであろうか。そこから自ずと芽生えるものがあるはずである。(なお)
暮れも押し迫ると、全国各地で「第九」の合唱が行なわれる▼楽聖ベートーヴェンが逝去する3年前に発表された、交響曲としては初めての合唱付きである。その頃、家庭的、経済的にもかなり行き詰まり、さらには視力、聴力をも失うという音楽家にとっては致命傷といってもいい環境にあった▼しかし彼は、暗雲のごとき苦悩を突き抜けて、雲上の晴れわたる青空と同じ歓びの境地を切り開いた。そして「悩み苦しむ人々に歓喜を」と大作を完成させたのだ。初演奏の場で、聴衆の喝采を受けながらも、それが聞こえぬ彼は側近から知らされ、遅れて頭を下げたという▼淀川区でも「第九」の合唱が行なわれる運びとなった。来年の本格的なスタートに先立ち、暮れにプレイベントが開かれる。文化思考が高まるのは喜ばしい。是非とも声高らかに「よろこびの歌」が唄われる事を期待したい。(なお)
晩秋の一日、奈良に赴き「モネ」の絵画を鑑賞した▼温厚な人柄を偲ばせる優しい筆遣い、豊かな色彩に安らぎを感じさせる幸福感を味わった。多くの作品の中でもとりわけ心を奪われたのは一連の「睡蓮」。思わず立ち止まり、吸い寄せられるように見入った。色鮮やかな花びらと、水面に反射した眩しさを感じさせる光の描写に感動で体が震えた。神秘的、瞑想的な世界に包み込まれる思いがした▼モネは86年の人生を終始一貫として、色彩と光の探求に懸けた。印象派時代を経て、晩年、白内障に悩まされながらも抽象画に挑み、視力障害との葛藤の中で「睡蓮」を描き続けたと言われている。それが後世に傑作を集大成する結果となったのであろう▼あらゆる試練にも振り回されず、志に決して妥協を許さない。そこに「一流」といわれる人間の人生に対する姿勢を学んだ一日であった。(なお)
区内には小さな町工場が軒をつらねる一角が数カ所ある。大半が鉄工関係である▼彼らの朝は早い。夜遅くまで機械を動かす日もある。この夏、お盆休みも返上して頑張る工場もあった。何がなんでも納期を厳守して長年の信用を維持して行く。取引先からの単価の安い仕事の依頼も快く引き受ける▼こうしてバブル崩壊後の不況も乗り越えてきたのだ。ただ彼らの悩みは尽きない。後継者がおらず、築いてきた工場を泣く泣く閉鎖せざるを得ない悲しさ。新型の機械を導入したくても、銀行から将来性がないとみなされ資金を調達できない歯痒さ▼しかし彼らは負けない。「目の黒い内は工場は閉めへん」生き残る為に愚痴などこぼす暇はない。懸命に生きることは時に勇気を必要とする。弱気では何事も成し遂げることはできないのだ。そんな逞しい町工場が息づく我が淀川区でもある。(なお)